年を取って自分の歯を失うと、同時に食欲もなくし、意気消沈してしまいがちです。高齢でもモリモリ食べられる人は、心身ともに元気です。

 ミエさん(82歳、仮名)は数年前に脳梗塞で倒れ、車いす生活になりました。入れ歯が合わないせいもあり、どんどん食が細くなっていき、「何が食べたい?」と聞いても、「特にない」。食べる意欲そのものが失われ、気力体力とも衰えてきました。

 元気を取り戻してもらうためには、食欲の回復しかありません。でも、「新しい入れ歯を作ろう」と勧めても、気乗りしない様子。しつこく言って何とか歯科受診にこぎつけ、その帰りに喫茶店に寄ってフルーツパフェを注文しました。

 久々の喫茶店に緊張気味のミエさんでしたが、パフェが運ばれてくるとニコニコして、パイナップルから食べ始めました。左手でしっかりとカップを押さえ、右手に握ったフォークを軽快に動かす様子は、いつもの力ない食事風景とは全然違います。

 「入れ歯作ったら、もっといっぱい好きなものが食べられるね」。そう話すと、ようやく「作ってもいいよ」と言ってくれ、最初に何が食べたいかという問いに、「甘いおいなりさん」。ついに、「食べたいもの」を聞くことができたのです。

 それから何度か歯科に通い、帰りは喫茶店でケーキを食べながらミエさんの若いときの話を聞きました。1か月後、入れ歯が完成し、甘いいなりずしを用意してお祝いパーティー。すっかり元気を取り戻したミエさんは、入れ歯をつけて「20歳は若返ったよ」と照れ笑い。それから間もなく、硬いせんべいもバリバリ食べるようになりました。(青山幸広、介護アドバイザー)

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